玉子焼きとウインナー、唐揚げにマカロニサラダ。
太陽が中天に差し掛かる昼休み。
いつものように、研究所の裏手にあるベンチに座る。
見慣れた弁当の蓋を開ければ、中々に納得のいく出来に仕上がったそれらが目に入ってきた。
「―――あれ?ガーティアさん、こんな処で何してるんですか」
箸を取り出し、さあ食べるかと構えた刹那、届いた声に顔を上げる。
声の方向に顔を向ければ、サイラスが背にしていた建物の角の辺りに人が立っていた。
柔らかそうな長い茶色の髪と、黒目勝ちな濃い色の瞳。
「ユノか」
ベンチに座ったサイラスに声を掛けてきたのは、年齢よりも落ち着いた雰囲気の、けれどまだ仄かな幼さも感じさせる顔。
あらゆる意味で『特別』な人間―――ユノだった。
座ってもいいですか。問い掛けられ、了承する。昼食はどうやら済んでいるらしい。
お邪魔しますと律儀に言って隣に腰を下ろしたユノは、サイラスの持つ弁当に目を遣ると、ふっと顔を綻ばせた。
「ふふ。何だか思い出しちゃいますね」
「何がだ?」
「憶えてませんか?ほら、随分前にノディさんが持ってきた、SiNE時代のゲーム。あの時も、ガーティアさんお弁当食べてたじゃないですか」
「ああ、あの時か」
ユノの言葉を頼りに思い返すと、程なくそれらしい記憶に突き当たった。
西暦代のアジアの小国を舞台にした学園もののゲームだったと思う。
確かあの時は何だかんだと丸め込まれ、無理矢理付き合わされたのだったか。
結果として散々な目に合わされたのだが、今となっては良い思い出と言えなくもない。
―――あの時も弁当を食べていたのだ。そういえば。
「『ガーティア先生』のお弁当、美味しそうだったなあ」
「…煽てても何もでないぞ。というか先生は止めろよ、『ナガツキ』」
懐かしい名を呼ぶユノに、呆れ声で返す。
―――それからしばらく、当時の話を懐かしい気持ちで話した。
あの世界でサイラスは保健医で、ユノは生徒だった。
髪を二つ分けにした今より少し幼い顔をした彼女に、紺地の制服は似合っていたように思う。
勿論、そんなことは口に出したりしなかったが。
「でも、やっぱり美味しそうです。お弁当」
ひとしきり話した後、不意にユノが呟いた。
気付けばその視線は、またもサイラスの弁当に注がれている。
「そんなに気になるか?」
「だって、私なんかよりずっと上手なんですもん」
不貞腐れるように言って、直ぐに苦笑する。
「私も、料理できるようになりたいんですけどね…」
溜息を吐いて肩を落とす。
自分が作らなくても美味いものを食べれるとはいっても、一応気にしているらしい。
ユノと共に暮らし、家事の一切を担う『ハーピー』の少年がサイラスの脳裏を過ぎる。
―――ユノは毎日、この研究所を出て、ルートの待つアパートへと帰っていく。
不意に意識したその事実は、サイラスの心臓をざわめかせた。
同時に湧き起こった感情は―――『不快』
それが何を指し示すのか解らないほど、サイラスは鈍感ではない。
それでも、不規則に蠢く心に気付かない振りをして、落ち込むユノに皮肉な笑いを向ける。
「まあ、諦めろ」
「ええ、酷い!」
サイラスが軽くその肩を叩いて言葉を返せば、ユノが不満げな声を上げる。
そんないつもより気安い遣り取りに、サイラスの中の不快感が消え去っていく。
代わりには柔らかな喜び。けれど、微かな痛みが残る。
どれだけの幸福に満たされても、心を苛む痛みは消えることがない。
それは悲しみ。それは苛立ち。
悲しみに囚われ立ち竦むことに疲れながら、足を動かせずにいる自分に苛立っている。
―――まだ。踏み出すには、あと少し足りない。
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境界線上の男、サイラス・ガーティア。
先輩は本編ではなく月で惚れました。
カッコイイ!ナイスで頼れる兄さん!!!
どこぞのエロ眼鏡よりよっぽど良い人です(笑)
でもこの小話ではただのヘt(ry