ムースウエストから帰ってきて数日が経った。
ユノ達のアパートに世話になっている俺は、慣れないながらも日々を過ごしている。
表面上、ユノはいつもの穏やかさを取り戻していた。
ガイアポリスを出たばかりの頃の痛々しい様子を見せることはない。
―――けれど。
時折、酷く虚ろな顔をすることを俺は知っていた。
例えば静かな夜の屋上や公園、主を喪った隣室。
そんな場所に静かに立つユノには、周囲に存在する全ての音がまるで届いていないように見えた。
ただ切り取られた空間の中で、自分の中の誰かに語りかけているかのように。
―――そうしてそんな時、左手は必ず頬に添えられている。
そこは、あの日あの人が触れた場所。
それに気付いてから、俺の心臓はその光景を見掛ける度に痛んだ。
知っていたんだ。
ユノの心を占めているのは、俺では決してないんだと。
ウィリアム・レリック。
ウィルと呼ばれていたその男は、ユノの師匠であり、その命と引き換えに俺達を救った人間だった。
「レイン。聞きたいことがある」
夜。寝付けずに水を飲もうと起き出してきた俺に、ルートが声を掛けてきた。
頷いて、ダイニングの椅子に向かい合って座る。
その顔は酷く真剣だった。
一瞬の沈黙。そして。
「―――お前に死人と戦う覚悟は出来てるのか?」
此方を見据えたまま発せられた声は、静かだった。
死人。その意味を悟り、身体に緊張が走る。
「死者は生者に不都合なことをしない。いつだって思い返す人間が願うままの姿しか見せない」
願うままの姿。
それならユノは、一人立ち竦む時、ユノが必要としたウィルの姿を見ているのだろうか。
「おれは、お前のことは嫌いじゃないよ。ユノを大切に想っていることも分かってる。
―――だけど、お前が戦うのは、ユノだ。ユノの中の記憶という名の亡霊」
一旦、声が途切れる。俯いて、ルートが小さく息を吐く。
そして、再び上げられた顔には、それまでよりも更に強い力が宿っていた。
「もし、お前が自分の為だけにユノの心を荒らすなら、おれはお前を許さない」
向けられた瞳は強く、声音は真摯。
その様に、否応なく思い知らされた。
―――コイツは、心からユノの身を案じている。
決してユノを傷付けたりなんかしないと言いたかった。
だけど、自分の心を振り返ってしまえば、そんなこと言えやしない。
ユノが悲しげに立っている時、俺はどう思った?
慰めたいと思ったことは本当だ。本当の、心からの笑顔を見せられるようになってほしいと。
でも、それだけじゃない。
―――そんなに、ウィルのことを想っていたのか?
ドロドロと汚いものが噴き上がるそれは、紛れもない嫉妬だ。
そんな気持ちを持っていて、ユノを傷付けずにいられる自信なんてない。
―――俺は、何も言えなかった。
与えられた部屋に戻り、ベッドへと寝転がる。
暗闇の中天井へと手を伸ばせば、ぼんやりとした輪郭が浮かんだ。
それを見詰めながら、考える。
ユノが好きだ。
今まで自分の周りにはいなかった、穏やかで、けれど何処か陰のある少女。
大事にしたい。幸せにしたい。
その気持ちに嘘なんかない。
―――それなのに。
ユノの心に綺麗なまま存在するウィル。
痛みも苦しみも、何もかも受け入れ守るルート。
そのどちらにも、俺は敵う気がしなかった。
「―――俺じゃ、駄目なのか…?」
拳を握り、目を瞑る。
虚空に零れた声は小さく、それを聞くものは誰もいなかった。
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という訳でウィル好感度MAXでレイン編(Var.2)の話でした。
本当はもっとえげつない話になる予定だったのですが、本編をやったりタンジェントアークをやったりすると、レインって本当にイイヤツなんですよね。なのでちょっと抑え目に。
二月さんの『地獄の果てまで片思い』という言葉以降、自分の中のレイン像がこの上なく歪んでしまったんですが(笑)