「ユノちゃん、帰ってこないなあ…」
時刻は既に夜の9時。
昼過ぎに起き出して隣に顔を出せば、ユノちゃんの姿は無かった。
ゴーグルも置きっぱなしで、ただ『出掛けてきます』とだけ書置きがしてあった。
けれど、ただ出掛けただけにしてはあまりに遅い。
(…何かあったのかな)
あまり行動を束縛するのも大人気無いと自分を宥めていたけど、もう限界だった。
取り敢えずもう一度隣へ行こうと玄関へ向かう。
ドアが開くと、途端にムッとした空気が身体を包んだ。日は落ちても、気温は高い。
一瞬だけ、軽い眩暈。落ち着けてから、隣の部屋へと身体を向ける。
「―――ユノちゃん?」
―――はたしてそこには、丁度階段を上りきったらしい目当ての少女がいた。
「ウィ、ウィル…」
その顔には『会いたくなかった』と全力で書いてあるかのよう。
何となくその理由は察せられた。
目の前のユノちゃんには、いつもと明らかに違うところがある。
「ユノちゃん…何処か出掛けてたの?」
「うん、ちょっと、買い物に行ってたら遅くなっちゃって…」
「嘘でしょ?」
問い掛けだけど、これは半ば断定。
何処かに出掛けてた事は間違いない。それも、長い時間。
言い切れば案の定、ユノちゃんは動転した。
「な、何で」
「―――だって、全身真っ赤。ちょっとの買い物じゃあそんなにならないでしょう」
―――そう。ユノちゃんは日焼けしていた。
長時間外にいなければなりようがないほど赤く。
「そ、それは…」
視線を泳がせて言葉に詰まる。
その姿は、どうにも可愛い。苛めたくてたまらなくなる。
唇の端が吊り上るのが自分でも良く分かった。
「言えないような理由なの?」
「そ、そんな訳じゃ」
「じゃあ、教えてくれるよね」
「え、その、」
「僕、心配したんだけどなあ」
「―――ごめんなさい。言います」
畳み掛ける攻撃にユノちゃん、陥落。
取り敢えず中に入ってと、ユノちゃんを僕の部屋へ促す。
空いてる場所へ適当に座らせて、自分も向かい合うように腰を下ろした。
気まずそうな様子をじっと見詰めてから、本題へと入る。
「―――で。結局何で遅くなったの?」
「…プール行ったの」
口は少々重いものの、ちゃんと質問に答えてくれる。
この様子なら、正直に答えてくれそうだ。
確信して、一番気になる事を訊ねる。
本当は聞きたくないけど、聞かないわけにもいかない。
ユノちゃんが一人でプールになんて行く訳がない。
「誰と?」
「―――ノ、ノディさんと…」
途端、ユノちゃんの顔がパッと赤く染まる。
恥らうように俯く姿に、脳天を叩かれたような気分になった。
(―――やられた…)
ここ最近姿を見ていなかったからと油断していた。
この様子では、絶対に何かあっただろう。
食えない笑みのノディの姿が脳裏に浮かび、舌打ちしたくなる。
「―――ユノちゃんはちょっと無防備過ぎるよね」
少しの苛立ちを織り交ぜて言えば、俯いたまま、焼けた肩がビクッと震えた。
―――そう、何処までもこの少女は無防備だ。
今だって密室で男と二人きりなのに、その事をまるで意識していない。
その危うさが、ノディにつけ込まれた原因だろうに。
ー――日焼け跡はきっと、ノディからの宣戦布告だろう。
彼は日焼け止めを忘れるなんて失態は恐らくしない。
「本当に心配したんだよ。連絡付かないし、遅くまで帰ってこないし」
「ごめんなさい…」
申し訳無さそうに謝る少女はけれど、僕の怒りの本質には気付いてないだろう。
人の心の動きに敏感で、だけど何処までも鈍感なユノちゃん。
可愛くてたまらないけれど、時々酷く苛立たしい。
愛しい少女は抱き寄せられるほど近付いても、顔を上げない。
「…謝るなら、約束して」
そっと頬に触れて顔を持ち上げる。
日焼け跡が痛むのか、肩を竦めるのにそれでも抵抗しない。
ほんの少し潤んだ瞳と目が合えば、もう駄目だった。
怒りは霧散して、そこには愛おしさだけが残る。
「次からは、もっとちゃんと連絡するって」
人の心の動きに敏感だけど鈍感で、可愛くてたまらないけれど、時々酷く苛立たしい。
だけど結局一言で表すなら、こういう事だ。
「どうしようもない位、ユノちゃんが大切なんだ」
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当初の予定ではもっとコメディっぽい話になる予定だったのですが…何処で間違えたんだ…
ウィル視点は思考が読めなくて難産過ぎました。