桜もすでに散り、ワールドアクシスパークの木々は鮮やかな緑へと色を変える頃。
日の眩しさに目を細めながら、ユノはネオポリスへと歩を進める。
目的地はウィルの家。
今日は勉強を教えてもらう約束なのだ。
ウィルのマンションに着き、ロックを外してもらって中へと入る。
「やあ。いらっしゃい、ユノちゃん」
いつもと同じように笑みを浮かべユノを迎えるウィル。…が、何やら笑い方がいつもと違う。
「おじゃまします」
首を傾げつつも、何か良いもの(それもユノには分からないような古い基盤とかソフトとか…)でも見つけたのだろうと結論づけ、部屋の奥へと進んだ。
荷物を下ろし、定位置となったテーブルの前へと座る。
少しして、先程と同じ可笑しな笑みを浮かべたウィルが両手を後ろに回した状態でユノの前へとやってきた。
「ユノちゃん、今日はね、良いものがあるんだ」
「良いもの?」
「何だと思う?」
「……私にはわからないような型番の基盤とか言わないわよね」
「言わないよ」
「新しいスクリプトとか」
「違うよ」
探るようにウィルの顔をじっと見つめるが、にこにこと笑うその顔からは何も掴めない。
「…わからないわ」
溜め息とともに降参の合図。
本当は降参するのは悔しいが、ウィルのことだ。ユノにはわからない次元のものが出てくるのだろう。そんなものを当てるというのは無理だ。
「…正解は、これ」
ウィルにしてはあっさりとユノの前に示した答えは、やはりユノの予想とかけ離れたものだった。
ユノの前に出したウィルの手の中にあったソレ。
黒い生地に青のライン。
少し長めのプリーツスカート。
ラインと同じ青のスカーフ。
おまけに、オレンジ色のリボン。
「これって…」
少し前にノディが持ってきたSiNE時代のゲーム。
その中でユノが着たセーラー服とそっくりだった。
「うん。そっくりでしょ」
「ど、どうしたの!?これ…!」
「あはは…まあ、こういうのを取り扱ってるお店があってね…探してみたらあのゲームの制服とそっくりのがあったから買ってみたんだ」
ユノには『こういうのを取り扱ってるお店』がどういった店なのかはわからなかったが、あまり気にせず、ただ目の前のセーラー服に目を輝かせた。
「着てみなよ」
思いがけない言葉にパッと顔を上げる。
冗談なのかそうでないのかわからないウィルの笑顔に、ユノは戸惑った。
(着てみたい、けど…)
着てみたくはあるが、今この場所はゲーム世界ではない。
何となく…特に理由などないが何となく、着るのは躊躇ってしまう。
「ほら。そっちの部屋使えばいいからさ」
そう言ってウィルはいつにない強引さでユノの手にセーラー服一式を押し付ける。
(…別に、良いよね)
まだ躊躇っていたユノだったが、ついウィルの強引さに折れた。
ゲーム世界で毎日のように着替えていたソレに着替えるのに、五分もかからなかった。
「ど、どうかな…」
改めて見せることへの恥ずかしさからはにかんで笑う。
「うん。似合う似合う」
そんなユノとは違い、ウィルは相変わらずニコニコ笑顔だ。
「あれ?ウィル、何その白衣」
「昔のもの引っ張り出したんだ。どう?」
「ふふ…そのしわくちゃ加減までゲームとそっくり」
なんだかゲーム世界での事が遠い出来事のように感じる。
実際はそれほどたっていないのに。
「じゃ、気分も盛り上がったところで勉強始めようか」
思いがけないウィルの言葉に軽く目を見開く。
「え?この格好のままで?」
「うん」
即答したウィルはとても楽しそうだし、ユノももう少しこの格好をしていたかったので、曖昧に笑って腰を下ろした。
そうして勉強を始めて少したった頃。
「ねえウィル、ここなんだけど…」
「先生」
「え?」
「先生って呼んでよ。ゲームの時みたいに」
「ええっ!?」
「…何だいその反応は」
「だ、だって…」
今はゲーム世界ではない。
それに、ウィルのいない場所でならともかく、ウィルの目の前で、ウィルを『先生』と呼ぶなどと…。
(は、恥ずかしい…!)
「別にいいじゃない。僕は君の先生なんだし、ゲームでは君もそう呼んでたんだし」
「だけど…!」
「…教えてほしいんでしょ?ここ」
「う…」
「ユノちゃん」
「うう…」
卑怯だ。
ユノが絶対に断れないように手札を用意して、追い詰めてくる。
それもこんな、優しい声音で。
「ねぇ…」
ユノのツインテールの片方に触れて、するりと手を通す。
そのまま耳の裏を撫で、そっと耳打ち。
「それとも…僕もナガツキさんって呼んだ方が良い…?」
背中がぞくぞくする。
なんでそんな感覚がするか分からない。
ウィルの匂いが間近にあり、なんだかクラクラする。
この状態に耐えられないと思ったユノは、羞恥心など忘れて『先生』と呼ぼうと口を開いた。
「ひゃあっ…!?」
しかし『先生』と発することは出来ず、変な声が出てしまった。
ウィルが耳の裏を舐めたせいだ。
「ウィ、ウィル…!」
「先生、でしょ?」
くすくすと笑う声がすぐ近くで聞こえる。
悪戯をする子供のようだ、とユノは思った。
子供にしては性質の悪い悪戯だが。
耳の裏から耳たぶ、耳の穴へと舌が移動していく。
先生と呼ぶまで続ける気なのだろうか。
ならば早く言ってしまわねばと思うのに、そう発音することが出来そうになかった。
「やっ…」
背中がぞくぞくする。
顔が熱い。
心臓が煩い。
(言…わなきゃ…)
この状況から早く解放されたい。
ユノはその一心で、言葉を紡いだ。
「先っ…生…」
声が震えてしまうのはウィルのせいだから仕方ない。
やり直しは聞かないつもりで、キッとウィルを睨んだ。
しかしユノの予想に反してウィルは、やり直しの要求をしなければ満足そうな笑みも浮かべなかった。
ただ耳を舐めるのを止め、ユノの顔を見てピタリと固まった。
「…?…も…これで良いでしょ。離して…」
いつの間にか随分と密着したウィルの体を押す。
しかしウィルは離れて行かなかった。
「ダメ」
「ウィル!」
焦ってウィルの顔を見ると、何故だか困った顔。
困っているのはこちらだと言うのに。
「…止まれる訳ないでしょ、もう」
止まれない。
何が止まれないというのか。
ユノにはさっぱりわからない。
「…っ…せん…せ…」
「…何だか悪いことしてる気分になっちゃうなあ、そう呼ばれると」
そう思うならやめてほしいのに、混乱した頭では意味のある言葉が出てこない。
「せんっ…!」
何度目かの『意味のない言葉』を紡ごうとしたその時。
ピピッ
軽い電子音が響いた。
通信だ。
そう理解した瞬間、思いっきりウィルを突き飛ばしていた。
「わっ」
今度は簡単に離れたウィルを置いて、バタバタと鞄に駆け寄った。
「は、はい!」
『ユノ…?』
ルートだ。
そう理解した瞬間、ほっと息をついた。
『…お前、どうしたんだ?そのカッコ』
ルートの声に冷静さを取り戻したユノは、自分が今セーラー服を着ていることを思い出した。
「え?これ?あ、ウィルがね、見つけたんだって」
似合う?と笑ってみせると、画面上のルートは苦虫を噛み潰したような顔をした。
『…似合うよ。それよりさ』
「何?」
『ウィルに、今から行くから覚悟しとけって伝えてくれ』
その言葉の意味するところが掴めず、首を傾げながらもウィルの方を振り返ってみると、『聞こえてる…』と言いながら苦笑いするウィルと目があった。
END
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最後はルート頼みで(笑)
眼鏡はこのあとお説教くらいます。
ユノちゃんが合意の上ならルートは黙ってると思うんですが、合意の上じゃなければ鬼のごとく怒ればいいと思います。ウィル相手なら尚更。
ほんともう…書きながら眼鏡を殴りたくなりました(^ω^)
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