今日デートする予定の子がドタキャンして、急に暇になった休日。
さてどうしたものかと考えていたら、通りの向こうに見知ったを見つけた。
幸いにも、一人のようだ。
フレディはニッと笑って、彼女に近付いていった。
「こんにちは」
後ろから声をかけると、振り返った少女は驚いた顔をしていた。
「…驚かしちゃったかい?」
「あ!フレディさん…!こ、こんにちは」
ぺこりと頭を下げた瞬間に、少女の長い髪が舞う。
その幼い仕草が可愛らしい。フレディのタイプでは無いが。
むしろ、手を出そうものなら可愛い弟に絶縁されかねない。
この少女は弟の大事な子なのだ。
「今日は一人かい?」
「はい。学校から帰る途中で…」
「なら丁度良かった」
「?」
フレディの言葉に首を傾げた少女は、そろそろ女性というべき年齢の筈だが、その幼い仕草と化粧っ気の無さから年よりも若く見える。
しかし、化粧をすればそれなりに映えるのをフレディは知っている。化粧をしたのを見たのは二年も前のことだが。
女性といえる年齢になった彼女が化粧をしてめかしこめば、二年前よりも美しいことだろう。
それを見たいと思うのは男として間違った感情じゃない。
フレディは自らの手で女性をキレイにしようなどとは思わない性質だが、原石が近くにあれば磨きたくもなる。その上今日は暇だ。
(たまにはこういうのも悪くないだろう)
「この後暇なら、俺に付き合ってもらえないかな、ユノ」
フレディの企みなど知らず、少女…ユノは頷いた。
「構いませんけど…」
「じゃあ、早速行こうか」
フレディはユノの手を引いて歩き出した。
「え?ど、どこへですか?」
「まずブティック。その後美容院」
「へ?」
目を丸くしたユノに、フレディは悪戯っぽく笑ってみせた。
「フ、フレディさん…」
「うん。馬子にも衣装ってとこかな」
「それ、褒めてませんよね?」
「あはは。冗談だよ」
青い清楚なワンピースに身を包んだユノは居心地悪げに試着室のカーテンを掴んでいる。
今すぐにでも元の服に着替えたいというのがバレバレだ。
「やっぱり君には青が似合うね」
「そ、そうですか?」
ぎこちない笑顔は、褒められ慣れてないせいか。どこまでも初々しい少女だ。
「さっきの服とどっちが好みだい?」
「ええ!?…ど、どっちも可愛すぎて選べないです」
「気に入らなかった?」
「いえ!そんなことは無いんですけど…」
「じゃ、そっちにしよう」
「え?え?え?」
目をくるくると回すユノがおかしくて、フレディはついつい吹き出してしまった。
笑われて頬を膨らますユノに背を向け、店員に『あの服に似合うアクセサリを』と耳打ち。
それからユノには見えないようにカードを渡した。
今度はネックレスやら指輪やら持ってこられて、またまた目を回すユノに、フレディは声を上げて笑った。
「…もう、フレディさんったら酷いです。あんなに笑わなくてもいいじゃないですか」
「ははは。ごめん、ごめん。あまりに可愛くてね」
「もう!からかわないで下さい!」
「本当なんだけどな。…さ、来なさい。次行くよ」
「えええ。まだあるんですか?」
「言っただろう?ブティックの次は美容院に行くって」
「う…そういえば言われた気も…」
「そういうことだ。…お手をどうぞ?お嬢さん。ヒールは慣れてないんだろ?」
「……うう」
次の目的地である美容院は、フレディのお気に入りの店だ。
腕の良い美容師がいる。更に化粧もうまい。
店に入った途端、店員全員に挨拶される。
彼女らは皆顔見知りだ。
そんなことは知らぬユノは、また目を丸くしていたが。
笑いそうになるのを堪えながら、フレディはユノを美容師達に預けた。
フレディのお気に入りの美容師に『彼女をキレイにしてあげて』と告げて、ガラス張りの待合室へ入る。
さて。今度はどんな反応をしてくれるのだろうか。
しかしフレディの期待に反して、それほど面白い反応は見せない。
慣れていないのは待合室からでもわかるが、美容師がうまくフォローをしているのか、先程のようにパニック寸前のような反応は無い。
(つまらないなぁ)
素早く器用に結われていく髪を眺めながら、手持ちの通信機で今週の予定を確認する。ついでにある人物の今日の予定を確認し、記憶通りの予定にほくそ笑んだ。
そうこうしている内にユノの支度が終わったようだ。
ユノの髪をいじっていた美容師が顔を出して、にっこりと笑った。
「エルマーさん。彼女の支度、終わりましたよ」
美容師に押されるようにして待合室に入ってきたユノは、髪を高く結い上げ、化粧をされていた。
ワンピースに合うように施された化粧は、控えめでユノの雰囲気にも合う。
「さすがだねぇ」
「ふふ。ありがとうございます。…かわいらしい彼女さんですね」
「えっ!?」
美容師の一言に驚きの声を上げたユノは頬を紅潮させ、わたわたと手を振りながら首を振る。
「ち、違いますっ!わ、私は…」
「あれ。ひどいなぁ。やっぱり、俺じゃ駄目かい?」
フレディの言葉にユノは目を見開く。大きな瞳がこぼれ落ちそうだ。
「え、ええっ!?」
予想と違わぬ反応をしてくれるユノに、フレディは楽しそうに笑った。
「ははは。冗談だよ。…残念ながら、この子は弟の彼女でね」
最後の言葉は美容師に向けて。
納得したように頷いた美容師と二、三言葉を交わしてから、流れについていけないユノの手を引いて店を出た。
ユノに合わせてゆっくりと歩きながら、フレディは隣にいるユノを見た。
ふてくされた顔をしている。さすがにここまで振り回したら気分を害すか。
楽しくてついついやりすぎてしまった。
反省しながらも、ゆるむ口元が抑えられない。
「ユノ?」
「…………」
「ユノ」
「…もう。フレディさんったらひどいです。からかってばっかりで…」
「からかったつもりはないんだけどな」
「嘘ばっかり」
「本当だよ」
そう言ったところで彼女が信じるはずはないのはわかっていて、信用できないといった視線を向けるユノに苦笑いを返す。
「…お詫びにおいしいケーキご馳走するから、機嫌直してくれないかな?」
ユノの顔が少し輝く。
しかし、それを悟られまいと不機嫌な顔を作るユノに吹き出しそうになるのを堪える。
「ほら、行こう」
少々強引に、店を出る時から繋いだままだった手を引いた。
「あ…」
何か言いかけたユノを無視して、彼女の一歩前を歩く。
ちらりと時計を見た。
そろそろか。
「げ…」
斜め前から聞こえた声に視線を向ければ、そこにはフレディの予想通りの人物がいた。
嫌な場面を見たとばかりに顔を歪めて別の方向へ行こうとする彼には、フレディの横にいる少女の顔は見えていないのだろうか。この角度なら丁度死角になっているのかもしれない。
フレディはにやりと笑って空いている方の手を上げた。
「よ!レイン」
まさか声をかけられるとは思っていなかったのか、フレディの弟のレインは驚いた顔をしてこっちを見た。
「え?レイン?」
ひょっこりとフレディの後ろから顔を出したユノに、更にレインは目を見開いた。
「ユ、ユノ!?」
なんともわかりやすく驚いてくれる弟は、ユノの格好を見て少し顔を赤らめた。
対するユノは、無邪気にレインに会えたことを喜んでいるようだ。
「仕事の帰り?」
「え、あ、ああ。そーだけど…」
「お疲れさま」
「おう。…って、そーじゃなくて!」
声を荒げるレインにユノは小首を傾げた。
愛らしい仕草にまた少し顔を赤らめてるレインに、フレディはにやにやと笑う。
「フレディ!ユノと何してんだよ!」
笑われてるのに気付いたレインがフレディを睨む。
「何って、デート」
さらりと答えたフレディにレインは絶句し、ユノはびっくりした顔をしてフレディを見た。
「な…!」
「買い物して、美容院行って、これからカフェに行くところだ。立派なデートコースだろ?」
おまけに手まで繋いでる。
これは言ったら殴られそうなのでやめておいた。
「な、ななな…」
口を金魚のようにパクパクと動かすレインにフレディは目を細めて笑った。
「ま、そういう訳だ。じゃあな。呼び止めて悪かった」
「ま、待てよ…!」
手を伸ばしてきたレインを躱して、ユノを引き寄せる。
「ユノ。次のカフェはさ、チーズケーキが美味いんだ。あれは一度食べたらクセになるよ」
「あ、あの…」
「さ、行こうか」
にっこり笑ってユノの手を握り直し、フレディは一歩を踏み出す。
ちらりと弟を見やると、本気で焦った顔。
フレディはにやりと意地の悪い笑みを浮かべてみせた。
「フレディ―!!」
レインの叫びを背中に受けつつ、フレディは笑いながら走り去っていった。
目的のカフェがもうすぐという所でフレディは立ち止まり、腹を抱えて笑い出した。
「あっはははっ!見たかい?レインのあの顔!」
「あ、あの…」
息を切らせてるユノに気付いて、少女がヒールに慣れていなかったことを思い出す。
「ああ、ごめんよ。その靴で走らせて悪かったね。大丈夫かい?」
「は、はい…でも…レインが…」
「ああ。あいつなら大丈夫だよ。すぐ追っかけてくるんじゃないか?」
これで追いかけてこなかったら男が廃る。
「まあでも俺は追いつかれたらちょっと不味いな。あいつに殴られるのはさすがに嫌だしな」
「え?」
きょとんと目を丸くしたユノは、フレディがレインに殴られる理由など思い付かないのだろうか。
純真なのも困ったものだ。
「そういう訳で、美味しいケーキはレインに奢ってもらいなさい。この道の角をすぐ曲がったところに良いカフェがあるから」
ぽんぽんと肩を叩いて、ぱちくりと瞬きをするユノに片目を瞑ってみせた。
「折角おめかししてるんだ。そのままレインとデートしてきたらどうだい?」
「な…!」
ぼんっと音がしそうなほどの勢いで赤くなったユノにちょっと笑って、フレディは手を離した。
「じゃ、また」
ユノの後ろに、走ってくるレインを確認して、フレディはバイバイと手を振りながら歩き出した。
今日は、ドタキャンされた時には予想もしなかったほど良い一日になった。
少女の反応は新鮮だったし。
弟の面白い顔も見れたし。
(…ま、しばらくレインの機嫌は悪いだろうけど)
何気なく後ろを振り返ってみると、往来にも拘わらず少女に抱き付く弟の姿が見えた。
END
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途中、何度フレディ視点にしたことを後悔したことか…!
なんかニセモノちっくなお兄様にorz
フレディお兄様は初対面の時の台詞のせいで『ちょっと失礼な人』という印象が抜け切れませんでした。
いい人だけどね…!弟思いで!