外を出歩くのが億劫になるくらい寒さの深まった冬の日。
ハルはネオポリスのある場所へと足を向けた。
その場所はトッカル官邸。官邸などそう訪れることのある場所ではないが、行かねばならない理由があった。
ハルの弟子と、その弟子がそこにいる。
二人がそこにいる理由に舌打ちしそうになりながら、ハルは足を早めた。
「相変わらずつきっきりか」
ノックもせずトッカル官邸のある部屋へと足を踏み入れたハルは、前に来た時と寸分変わらぬ光景に息を吐いた。
ベッドに横たわる孫弟子と、その側でただ彼女が目覚めるのを待つ弟子。
「…ハル。また来たんですか?」
ドアに背を向ける形で椅子に座っていたウィルは、ゆっくりとした動作で振り返った。
相変わらず生気の無い目をしている。
元々、二年前に再会した時も碌な目をしてはいなかったが、最近は更にひどいものだ。
「随分な挨拶だな。俺だってなぁ、お嬢ちゃんが心配なんだよ。…もう、一月近くだろ」
ベッドに眠るユノを見つめる。前に来た時と変わらず。ただ、深い眠りに落ちたまま。
ゆっくりと、ウィルはユノに視線を戻した。
その瞳には何の感情も浮かび上がってこない。
「…でも、次ここに来ても、ユノちゃんはいませんよ」
「あ?どういうことだ?」
「…ひとつき。一月たったら、先技研の方に移されるそうです」
ウィルの言葉に眉を顰める。
それは、今のただ起きるのを待つ状態から、彼女を起こすための調査に移るということか。
あまり好ましい事態では無いが、今のままの状態ならそれも仕方がない。
「…そうか」
「そうです」
はあ、と大きく溜め息を吐いて、ハルはウィルの頭を小突いた。
「…何するんですか」
嫌そうな顔で振り返りながら小突かれた頭を撫でる弟子。
「場所代われ」
「嫌です…と言っても聞かないんでしょうね」
ハルが来る度に交わされるやり取りに、ウィルは溜め息を吐いて立ち上がった。
「…僕、ルート君の様子見てきます」
「おう、行ってこい」
それまでウィルが座っていた椅子に腰掛けながら、背後で扉が開き、そして閉まる音を聞く。
ウィルの足音が遠ざかり聞こえなくなったところで、ハルは溜め息を吐いた。
「全く…前は前でひどいもんだったが、最近のあいつは更にひどいぞ。お嬢ちゃん」
眠るユノに目を向けながら話しかける。
事の顛末は、あらかたウィルに聞いた。
大昔の神様を巡っての争い。
きっかけを拾ってしまったのは他でもないユノ。
成り行きから青い砂を集めていたこと。
裏切られ、協力し、すったもんだの末ジュピターのシステム終了には成功した。
しかし、システムを終了させたユノが戻ってこない。
ジュピターに呼ばれた影響で少し長い眠りについてるだけなのか。
それともシステムの終了と共にユノも永遠の深い眠りについたのか。
「早く帰ってこい。坊主も、あいつも、お嬢ちゃんの帰りを待ってるぞ」
手を伸ばし、さらりとした髪をかきあげて、頭を撫でる。
その瞬間、それまでぴくりとも動かなかったユノの睫が震える。
驚いて思わず手を離し、信じられない気持ちでユノを見つめる。
「ん………」
ゆっくりと、開く眼。
茫然とした視線は何かを捉える事はなく、ただ宙をさ迷っている。
「…ラエ……私……」
口を開き、何事か呟くユノ。
それを聞いて、ハルはようやく硬直から脱した。
「……お嬢ちゃん?」
ぴくり、震えた睫。
首を巡らし、少し驚いたような顔で、その瞳にハルを映す。
「え?…マスター?……ど、どうしてここに?」
いつもと変わらぬ…それこそ少し寝ていただけかのような普通さだ。
「…どうしてって言われてもなぁ…」
それなりに長く人生を歩んできたつもりだったが、情けないことに言葉に詰まってしまった。
(おかえり、はあいつらの台詞だろうしな)
ハルは深く長く息を吐いて、少々乱暴にユノの頭を撫でる。
「わぷっ。…ま、マスター?」
「…ったく。とんだお寝坊さんだ。ウィルの悪いところが移ったか?」
「え?え?」
ぱちくりと瞬きを繰り返しているユノに、ハルは内心胸を撫で下ろした。
大丈夫だ。何も変わっていない。
「わ、私、そんなに寝てた…?」
「後で坊主にでも聞いてみな。驚くぞ」
「う…聞きたくないかも…」
ははっと軽く笑って手を離した。
あいつらを呼んできてやらねば。
目覚めに居合わせたのがハルだと知れば、彼の弟子は良い顔をしないだろうが。
立ち上がる前に、身を起こしたユノの頭をもう一度撫でた。
『おかえり』、はハルの台詞ではないが。
「おはようさん、お嬢ちゃん」
「…うん。おはよう、マスター」
『おはよう』くらいなら、いいだろう。
END
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ウィルルートでジョーカーの試練をクリアかつ、裏パラメータのマスター好感度がどのキャラよりも上の時に出てくるマスターED(嘘八百)
ジェラルド攻略した時にユノちんの寝てた月日を聞いてびっくりしました。
そりゃマスターだって心配するよ!
マスターはウィルルートの時くらいならユノちんのお見舞いに行ってそうです。弟子の様子見がてら。
そんな妄想。