(ああ、やっと終わった)
筆記用具を筆箱へ。ノートと教科書を閉じて、机に仕舞う。
最後の授業の板書を写すのに時間が掛かってしまったせいか、既に教室内の人影は疎らだった。
級友達から遅れて、机の上を片付けていた―――その時。
「ユノ」
掛けられた声に、そちらを振り向く。
「・・・ジュピター」
視線の先では、クラスメイトのジュピターがこちらを見下ろしていた。
何か用?と視線で促しながらも、ほんのりと、嫌な予感が心を過ぎるのを感じる。
―――この状況には、覚えがあった。
「今日は残らなければいけない用があるから、教室で待っていろ」
「え、いや」
「一緒に帰ろう。―――それじゃあ、また後でな」
言葉を紡ごうとする私を容赦なく遮って、ジュピターは用件を述べる。
そうして、彼はさっさと教室を出て行ってしまった。
後には、ただ私だけが残される。
(・・・何よ、それ)
怒りよりも、呆れが先にきてしまう。
それと同時にまたか、と思わず肩が落ちた。
(いつもいつも、何が楽しいのかしら)
なんとも不思議な事に、こんなことは初めてではなかった。
気に入られてるのか、ジュピターはやたらと私を振り回す。
それも、一緒に帰るため、とか一緒にご飯を食べる、といった些細な理由で。
だけど、あんな一方的なの、約束でもなんでもない。
当たり前みたいに言われたって、向こうの勝手な言い草だ。
―――それなのに。
(何で、言うこと聞いちゃってるかな)
結局言い付け通りに待っている自分に溜息が出る。
窓の外はもうすっかり茜色。
もう結構な時間、ここで待たされている。
―――帰ってしまおうかと、ふと思う。
一方的に言われて、素直に待つ義理なんてないのだ。
(…でも、結局待ってるもんなあ)
脅されたわけでも、何かされたわけでもない。
なのに、私は彼の言う事に逆らえた例がなかった。
―――もしかしたら、そこまで見越しているのかもしれない。
そう考えて納得できるくらいに、ジュピターは確かな観察眼を持っていた。
(さすがは『王様』ってことかしら)
『王様』
それが、辣腕の生徒会長に付けられた影のあだ名だ。
由来は多分、そんな大層な呼ばれ方にも負けないくらいの働きぶりと、カリスマと―――もう一つ。
(態度、大きいし)
上から見ることを当然と捉え、不遜な物言いをする。
目的のためには他人を容赦なく扱き使う。
だけど、決して間違った事はしないし、言わない。
無慈悲なようで、本当は誰よりも慈悲深い。
その慈悲は、必ずしも私達全てに恩恵を与えるというわけではないのだけれど。
(・・・悪い人じゃないとは、思うんだけど)
あの人を良いように扱う性格はどうにかならないだろうか。
絶対に、あの言動で損をしていると思う。
正直にいって、弟のプラエの方が、気遣いを弁えていて、人当たりも良い。
(―――でも)
そこまで考えて、突き当たった感情に溜息を吐く。
それでも、どれだけ振り回されても結局受け入れてしまうくらいには。
(嫌えないんだよね)
「ユノ。待たせたな」
ガラリ、とドアが開く音と共に、声が届く。
振り返れば、窓から射す夕陽に目を細める待ち人の姿。
「・・・おつかれさま、ジュピター」
こちらに歩み寄るジュピターに労いの言葉をかけると、ほんの少し嬉しそうな表情をした。
―――そう。そんな顔を時折するから、負けてしまうのだ。
「帰るぞ」
そういって手を差し伸べてくる姿が、何故だか眩しい。
鮮やかな色をした髪が、夕陽を弾いて煌めく。
(綺麗)
素直にそう感じる。
―――けれど同時に、彼を遠く感じた。
茜色に染められたジュピターは、何処か違う世界の人のように見えたから。
ジュピター・クライトン。
高みから人を見下ろす、孤高の『王様』。
一人違う場所から、守るべき己の『領土』を見渡す者。
(―――ああ、でも)
それは、違うと感じる。
彼が見渡す世界は、もっと遥かに大きいものだ。
(ジュピターは―――王様というよりは)
神様というほうが、近い気がする。
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『月』の世界にジュピターもいたら、という妄想。
なんというか、妄想しすぎ。捏造しすぎ。あと正直ジュピターのキャラが掴めません。
取り敢えず脳内でジュピターは強引で尊大だけど何だかんだで紳士なイメージです。
でも多分、意識操作は使ってます。
…あれ?紳士じゃないよそれ!
もしジュピターが生徒会長だったらユノは副会長とかにされてそうだなあとか思ったり。