青い空。
青い海。
風が穏やかに流れる。
春の足音が聞こえそうなほど暖かな日だが、海に出るとまだまだ寒い。
人影もまばらな港で海を見つめる。
手元には真っ白な封筒。
手紙とは古臭い連絡手段だが、書いてみると面白い。
メールでは味わえない感慨深さがある。
大切な言葉を託すには丁度良い。
その大切な気持ちを綴った手紙を、ユノは海へと投げた。
ジェラルドと再会できたのはジュピターと会った二年後。
新しい対話AIのテストをした、すぐ後のことだ。
訪ねてきた彼を見た瞬間泣いてしまったのをユノは昨日のように覚えている。
二年ぶりに会う彼とは話がつきず、出来る限りの時間を二人で過ごした。
一月しかいられないと聞けば尚更離れがたかった。
この一月だけは、ただ想い合う男女としての時間を過ごした。
彼が向こうでは普通の生活をすることなど出来ないと知っていたから、些細で、普通な…二年前のような生活を。
優しく穏やかな時間はあっという間に過ぎ去り、気付けば別れの時。
次の約束など出来ず、もう一度会える保証もなく…それでもユノは笑ってみせた。
また会えることを『信じてる』と。
そうしてまた彼のいない日々が戻ってきて、ユノは寂しさを感じながらもいつもの生活に戻る…筈だった。
最初に異変に気付いたのはルートだった。
ジェラルドが帰ってから1ヶ月。
ユノは体調を崩しがちで、微熱が続いたり貧血を起こしたり、ぼーっとしてることが多くなった。
ちょっと体調が悪いかもしれない――それと、ジェラルドがいなくなって寂しいのだと――程度に思っていたユノを、ルートは有無を言わさず病院へと連れて行った。
普段これくらいのことで病院に行くことなんて無く――病院はお金がかかるのだ――ルートの行動に驚いて目を丸くしている時に、連れて行かれた病院が産婦人科とあってはユノの混乱は最高潮だ。
ユノが混乱している間にルートが何やら手続きして、検査を受けてわかったのは…新しい命がユノに宿っているということ。
ユノにとって思ってもみなかった事態で、呆然として、混乱して…最後に出てきた思いは【喜び】
嬉しかった。単純に。
彼の子を身ごもったことが。
…その時医師に『おめでとうございます、お父さん』と言われルートの機嫌がひどく悪くなったりもしたが。
病院からの帰り際に、たまたま、雑貨店のショーウィンドウに白い封筒を見つけ、ユノは購入した。
そのまま近くの喫茶店に入り、手紙を書き始めた。
宛先の無い、宛名だけの手紙を。
書いている途中、ルートがポツリと『産む気か』と呟いた。ユノはそれに手紙から顔を上げずに『産むよ』と答えた。
二人の間にはその短い会話だけで充分だった。
それだけで、ユノの覚悟も、ルートの覚悟も互いに伝わる。
ユノがうんうん唸って手紙に書く内容を悩んでいる間、ルートの小言が途切れることなく続いた。
学校はどうするのかとか。
仕事はどうするのかとか。
そもそもお前に赤子が育てられるのかとか。
それをすべて『大丈夫だよ』と笑って、『きっとなんとかなる』と言った。
そのたびに溜め息を吐くルートにユノは苦笑いを返すしかなかった。
だって、ユノには本当に何とかなる気がしたのだ。
最後にはルートは呆れて口を閉じてしまったが。
散々悩んだ手紙の内容は、至ってシンプルなものになった。
それをいそいそと便箋に入れ、封をする。
そしてそのまま海へと足を運んだ。
ルートは最初ユノを海に連れていくことを渋っていたが、ユノの説得に根負けして連れてきてくれた。
どこまでも鮮やかな青い空に青い海。
ひとつきほど前、ここでジェラルドを見送った。
その時には、こんな気持ちでここに立つとは思ってもみなかった。
視線を下に落とし、手の中の便箋を見つめる。
ジェラルドには、今日のことを報告したくても連絡を取ることが出来ない。
だから。
だから、手紙にすべての想いを書いた。
この手紙が届くことはないと…わかってはいるけれど。
穏やかな海。
まだ寒い港。
晴れ渡った青空。
すべてを目に焼き付けながら、ユノは、想いを託した手紙を海へと投げた。
いつか、手紙に書いたことを伝えられたら良いと思いながら。
しばらく手紙が波間を漂い、そして、沈んでいくのを眺めた。
手紙が見えなくなると、ユノはくるりと振り返った。
そこにはただ黙ってユノを見守っていたルートがいる。
「帰ろうか」
そう言って、ユノはきれいに笑った。
END
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やっちまった感の強いネタ。
というか色々すっとばして妊娠ネタとか…。
ジェラルドクリアして、真っ先に思いついたネタです(どうなんだそれは)
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