「黒鷹ァッ!」
怒気を孕んだ声が私の名を呼ぶ。
いつもいつも怒られるのは常なので怒声など聞き慣れたものだが、今日のは少し違う。
いつもは怒気の中に呆れが色濃く含まれているのだが、今日はそれが無い。
いつもより、ずっと怒っている。
その原因に心当たりがあるだけに苦笑するほかない。
「黒鷹っ!」
私を見つけたかわいい子がこちらを睨み付けながら近寄ってくる。
「おや玄冬。どうしたんだい?そんなに息をきらせて」
いつもの軽い調子で…だけど少しだけ拒絶の色を含めて我が子に向き直る。
その気配に気付いたのか、玄冬はぴたりと止まる。
一定の距離をおいて見つめあう(玄冬にしてみれば睨み合う、かもしれないが)
「黒鷹っ!どうして…お前は…っ」
悲しそうに理不尽に嘆くように顔を歪めるのを見ていられなくて、少し目を逸らす。
ああ。そんな顔をさせたい訳じゃないのにね。
それでもかわいい我が子にそんな顔をさせてでも譲れないものが、私にもあるんだ。
謝りはしないよ。
「なんだい?玄冬」
言いたいことなどわかりきっているのに、敢えて問う。それも優しい声で。
私と君のこの時間を惜しむように。
「どうしてっ…お前は…!」
「うん?」
「わかっているだろ!?こんなの、許されるはずがない!」
「それは君のものさしでの話だろう?私は、そうは思ってないよ」
「ふざけるなっ!どうして…」
「どうして野菜を捨てるなんて真似をするんだ!!」
玄冬の言葉に大袈裟に被りを振る。
「ノン!捨てるなんて人聞きの悪い。土から作られたものを土へと返しただけだ!」
「それを捨てるというんだ!!…最近おとなしく野菜を食べてると思ったら…っ」
「それなら、ちびっこにも文句を言いたまえ。あれも私の横でこそこそとしいたけを捨てていたぞ」
「花白も!?…いや、まずはお前だ、黒鷹」
じりじりと右手におたま、左手にホウレン草を持って近寄ってくる。
顔がまるで魔王のようだよ、玄冬。
「何度も言ってるじゃないか。私は肉食だと。野菜はもとより食べないのだよ」
「黙ればちあたりが」
おやおや。聞く耳持たず、と言ったところかな。
このままじゃあの禍々しい緑色のブツを口に押し込められることは必至だ。
それから逃れるために、バサリとマントを翻す。
玄冬が目を瞑り、一瞬の後目を開けた時には私はもはや空の上。
鷹の姿はこういう時便利だ。
「!降りてこい!黒鷹!」
「ハハハハ!散歩へ行ってくるよ、玄冬。なに、心配するな。日が暮れる前には戻るよ」
「今降りてこいー!!」
玄冬の叫びを無視して青く晴れた初夏の空を翔ける。
まったく相変わらず作物に対しての情熱は尋常じゃない。
これでは私の身が持たないよ。
私が帰ってくる頃には、少し怒りを納めていてくれたまえ。
…おわびに、何か君の好む本を買って帰るから。
おわり。
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某場所にあげてある花帰葬黒親子ネタ。
黒親子に夢をみすぎている気がします。
シリアスに思わしといてギャグ、というのをやりたかったけど撃沈しました…。