失敗した、としか言いようが無かった。
帰る間際になっての、強烈な夕立。
(ちゃんとエイプリルさん、忠告してくれたのに)
朝の時点では晴れていたからと、時間に追われて傘を持ってこなかった自分を呪う。
実際、しばらくは晴れていたのだ。
けれど、最後の授業の辺りからみるみる天候が悪化してきて―――しまいにはこれだ。
傘に一緒に入れてもらおうと思っても、こんな時に限って仲の良い人は誰も通りがからない。
(うーん…諦めるしか、無いのかなあ)
もういっそ、走って寮まで帰ってしまおうかと考えていた時だった。
「…ユノ先輩?」
背後から掛かる幼い声の主には、覚えがあった。
振り返れば、鮮やかなピンクの髪が目に入る。
穏やかな眼差しで見上げてくるのは、やたらと私を振り回すクラスメイトの弟の、プラエ・クライトンだった。
「プラエ」
「さっきから見てたんだけど、全然動かなかったから。どうかしたのかと思って」
「あ…傘、忘れちゃって」
「それなら、一緒の傘に入れば良い。僕のは少し大きいから」
「え、でも…悪いよ」
私達は、それ程仲が良いという訳ではない。
何度か話したことのある、クラスメイトの良く出来た弟と、兄のクラスメイト。
その程度の繋がりしかない。
―――だけど。
「大丈夫だから。ね、良いでしょう?」
「~~~~…」
小首を傾げながらの言葉に、根負けする。
ああ、私はこの少年に、どうも弱い。
「…お願いします」
滴が傘を叩く音が絶え間なく響く中を、2人話しながらゆっくり歩く。
プラエの傘は確かに大きかった。
二人で入っているのに、私の肩は乾いたままだったから。
けれど、プラエの方をふいに向いた時に、彼の右肩が目に留まった。
(肩、濡れてる)
プラエは優しい。
兄のジュピターよりもずっと人の近くにいて、ずっと言葉や振る舞いを選ぶ。
人に優しくあろうとする。
だからこうして自分が濡れてしまっても、何も言わずに私の方に傘を傾ける。
それに気が付いてしまうと、距離を置くことが出来なくなってしまった。
(―――あ)
身を寄せた拍子に、肩が触れ合う。
(あった、かい)
薄い布地越しに伝わる温度。
その温もりに、何故だか泣きたくなった。
「何でかな、私…ずっと、こんな風にプラエと歩いてみたかった気がする」
当たり前みたいに隣に立って、他愛ない話をして。
時折触れる体温は、柔らかくて温かい---
そんな時間を、ずっと、プラエと過ごしたかった。
(でも、そんな筈無いのに)
プラエは、ジュピターの弟だ。
兄の方に引っ張り回される関係で多少の面識はあるけれど、それだけだ。
話したことだって、それ程ない。
まして、そんな感傷じみた想いなんて、おぼえる筈がないのに―――
「えへへ、おかしいね。そんなの、ある訳無いのに」
突然そんなことを言い出した自分が恥ずかしくなって、慌てて取り繕う。
そんな私を、プラエはじっと見つめていた。
そうして、ふいに眼を逸らす。
「…ううん。僕も、だよ。ユノ」
雨音に紛れそうな程の、小さな囁き。
少年らしい、けれど穏やかに落ち着いたその声は、何故だろう。微かに悲しげな響きを帯びていた。
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もし最初からプラエが『月』の世界に取り込まれていたら、という妄想。
しかし色々捏造しすぎた…っていうかそもそも『月』は9月の話ですよっていう。
この話では、夏の時点で記憶が曖昧になりかけているということで…
プラエが最初から取り込まれているので、このままだと全員バグに巻き込まれて崩壊です。
でも、これはこれでプラエにとっては、たとえ歪でも幸せなのかもしれないと勝手に思ってます。