「あれ?メッセージ?…誰からだろ」
不意に届いたメッセージ。
その差出人は、普段は連絡など取ることのない、あの人からので。
思わず目を丸くして立ち尽くしてしまったのは仕方ないと思う。
「すまないな。急に呼び出して」
高層ビルの最上階。
街を一望できる窓ガラスを背に、黒い質の良さそうな椅子に腰掛けたその人は、挨拶を交わした後にそう言った。
ベリス自治区の評議員。
軍を統治する"情報王"
初めて会うときは、その肩書きからもっと年上の人を想像した。
それがこんな若い人だったなんて…。
だけど思った以上に若いこの人は、その肩書きに似合うだけの威厳があった。
「いえ。それより、どうかしたんですか?」
普段こうして呼ばれることなんてほとんどない。
イサが何かしたのかな…それとも、先技研のことかな?
「うむ。…少し時間があるな。菓子でも出すから少しこの部屋で寛いでいてくれ」
首を傾げつつも、ハスラーさんの言う通りに近くのソファに座り、窓の外を眺める。
相変わらず、すごい景色。
晴れ渡った夏の空。
空調のきいたここは暑くなんてないけど、見ていると外の暑さが伝わってきそう。
少ししたらお茶とお菓子が運ばれてきて、ハスラーさんも手を休めて一緒にお茶。
ハスラーさんとティータイムなんて、なんだか贅沢ね。
『学校はどうかね』とか、『先技研の方は…』とか他愛もない話をしていたら、ついつい何故ここに呼ばれたか聞くのを忘れてしまっていた。
「…そろそろかな」
「?何がですか?」
「わざわざ君を呼びつけた理由が、そろそろ始まる」
「え?あ…そういえば、何故私はここに呼ばれたんですか?」
「来たまえ」
突然立ち上がり、部屋を出て行くハスラーさんの後を慌ててついていく。
な、なんなの?それに、始まるって…?
ハスラーさんについていき辿り着いたのは…。
「屋上?」
横を見上げると、腕を組んだハスラーさんが少し眉根を寄せていた。
「やはり外は暑いな」
「そりゃ…ハスラーさん、軍服ですもの」
「違いない」
ふっと口元で笑うと、ハスラーさんは港の方を指差した。
「?」
つられて港の方に視線を向けると同時に、空に咲く大輪の花。
「え…!?花火!?」
夜ならば花火があがってもおかしくない季節だけど、今は昼間。
青空にあがる花火は見慣れなくて、不思議な感じ。
「今日は新しい軍艦の進水式でな。古い習慣だが、悪くない」
進水式…。
聞き慣れない単語。
軍の式典かな?
ちらりとハスラーさんを見やると、いつもの微笑を浮かべて私を見ていた。
「昼に咲く花火も良いものだろう?」
青空に咲く花火を見下ろせる場所で。
ハスラーさんと二人きり。
「はい。なんだか、贅沢してる気分です」
贅沢以外の何物でもない。
「贅沢…か。大げさだな」
「大げさなんかじゃないですよ。花火を見下ろすことなんて滅多に無いですし」
「ふむ…」
それもそうか、と納得したように顎に手を当てながら頷いた。
「気に入ったかね?この景色は」
視線をハスラーさんから空へと戻す。
もう花火は終わっていたが、目が痛くなるほどのきれいな青空は相変わらず。
「はい。…端に行くとちょっと怖いですけど」
「ならばいつでも来たまえ」
「え…?」
言われた意味が理解できなくて、またハスラーさんに視線を移す。
「それくらいの特権、君になら与えても良いだろう。…いかがかな、我が妹よ?」
悪戯を企んでるような笑みを浮かべるこの人は、軍の中でもトップにいる人で偉い評議員さんの筈で…。
初めて見る顔に戸惑ってしまうのは仕方ないと思う。
「あ、あの…い、良いんですか?」
戸惑いが、顔に熱を集めるのも、仕方ない…わよね。
「私の息抜きに付き合ってくれた礼だ」
それだけ言うと、階下へ繋がるエレベーターへ向かって歩いていく。
「さすがにこの暑さには参る。私は下に行くが、君はどうする?」
「あ…わ、私は、もう少しここにいます」
「そうか。熱中症になどならないようにな」
「はい」
エレベーターの向こうへとハスラーさんが消えた瞬間、足から力が抜けてその場へと座り込む。
地面が熱い…。
だけど、それ以上に顔が熱い。
目を閉じれば脳裏に浮かぶ先程の光景。
青空に咲く花。
暑さで眉を顰めた顔。
いつもの微笑。
悪戯っぽく笑った顔。
花火よりも、記憶に残っているのは…。
「ハスラー、さん」
顔を上げて、真夏の空を見る。
この青空を、あの人に会いに来る口実に使っても良いだろうか。
END
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昼の花火はほとんど見えないそうですが、ガイア暦も640年になれば昼でも綺麗に見える花火が開発されてるよね!
…という無理矢理感あふれる設定のもと書きました。
イサを出す予定が、閣下が先に帰ってしまったので出せず仕舞いに…。
あと、リンクの方にメルクリウス用の小部屋へのリンク追加しときました。
衝動にまかせて作っちゃいました。こちらからもいけます。
今はカオスな絵が一枚あるのみですがちまちま増やしていきます。