(―――流石に、疲れた)
先程まで交わしていた空々しい会話と腹の探り合いを振り返り、心の中で溜息を吐く。
華やかな世界と、それと相反するような薄暗い人々の思惑。
あまりの醜悪さに、反吐が出そうだ。
(少し休憩するか)
既に、面子が保てる程度の事はしている。
毒々しい空間を離れ、外の空気を吸おうと歩きだした。
つらつらと考えながら、目当てのバルコニーへと向かう。
入り口が近付き―――ふと夜の帳の中、見覚えのある姿に気が付いた。
(ユノ)
此方に背を向けて立っているのは、年の離れた『妹』、ユノ。
どうやら、誰かと話をしているようだ。
(―――誰だ?)
背の高さから男だという事は分かるものの、向こうが暗がりにいる為か誰かまでは判別出来ない。
もう少し近付いてみるかと足を進めたところで、男が身に纏うものに気付いた。
(白服か)
暗闇にぼんやりと浮かび上がる白い軍服。
それが指し示す男の立場に、眉根が寄るのがわかる。
(…厄介だな)
白服と話す黒服トップの妹というのは、あまり好ましい構図ではない。
面倒なことになる前に牽制しておくかと足を早める。
―――しかし、それよりも早く、男はユノから離れ、去ってしまった。
残されたのは、遠ざかる男を見送る横顔。
その姿が寂しげに見えるのが気に掛かり、声を掛ける。
「あの男、知り合いか?」
「!」
掛けた声に、華奢な肩がびくりと震える。
こちらを見たその表情には、驚きと戸惑いが浮かんでいた。
「ハスラーさん…」
「『兄さん』、だろう?」
他人行儀な呼び方をする『妹』を窘める。
何処で誰が話を聞いているかわからないのだ。弱みを握られるのは避けたい。
暗にそうほのめかすと、少女はそれに気付いたようで、微かに頷いた。
「それで、あの男は?」
「あ、ちょっと声を掛けられただけで、知らない人、です」
「そうか」
答える声は、何処か不自然だった。
しかし、白服の知り合いが出来る機会などこの少女にはありそうもない。
先程見た男の事を脳裏に思い浮かべる。
(見掛けない顔だったな)
遠目に見ただけだが、造作の整った人目を惹く顔立ちをしていた。
色素の薄い髪と、アイスブルーの瞳をした男。
おそらく、エウロ人だろう。
(念のため、後で調べさせておこう)
ユノの利用価値は高い。
用心するに越した事はないだろう。
「気を付けたほうが良い。『情報王の妹』に利用価値を見出だす輩がいないとも限らないからな」
「…ごめんなさい」
「謝らなくていい。悪いのは君を放って何処かへ行ったイサだろう」
「でも」
「いいから」
「…はい」
言い募るのを遮り綺麗に整えられた頭に手をやると、少女はようやく折れた。
(なかなか頑固だな)
おとなしげな見た目に反して、芯は強いらしい。
型を崩さぬようさらり、と髪を撫でると、ユノはくすぐったそうな顔をする。
年齢不相応な振る舞いをするこの少女がそんな仕草をすることは、思った以上に悪くないものだった。
「疲れただろう。私ももう帰る。少しここで待っていなさい」
「もう、いいんですか?」
「構わんさ」
問う声に言葉を返しながら、ふ、と悪戯心が湧く。
なかなか良い自分の考えに、己の口元が緩く弧を描くのが分かった。
微笑んだまま髪に触れる手を下に滑らせ、顎に手を掛け持ち上げる。
「本音を言えば、大事な妹に悪い虫が付かないか、気が気ではないのだよ」
「―――ッ」
黒目がちな目を見詰めながら囁くと、途端にユノの顔は朱を散らしたように赤くなった。
あまりに分かりやすい反応に、堪え切れず笑いが漏れる。
目の前の少女は、顔を火照らせたまま困惑と羞恥、怒りが混じった複雑な表情を浮かべている。
(なんともまあ、可愛らしい)
線の細い身体が、華やかな赤のドレスに包まれている。
飾り気のない普段と違う印象を与えるそれは、彼女の偽りの身分故のものだ。
ユノ。年の離れた可愛い『妹』
今一時だけの仮初めの兄妹関係が、存外心地好い事に苦笑を禁じえない。
(いずれ敵対する事になるだろうに)
目の前の少女とは、いつか今とは違う立場で話す事になるだろう。
―――けれど、今はまだ。
(遠からず来る、終わりの日までは)
「心配性の兄に、もう少し大事にされていなさい」
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閣下がムッツリに…!ガクブル
何と言うか、予想以上に難しかったです。でも、大好きです。
続編では仲良くなれるかなあ。